通訳案内士ゆめのつれづれ日記

40代シングルマザーのゆる〜い日常

強制収容所で生き別れたユダヤ人家族のはなし

こんにちは、ゆめです。

今日は、オーストラリア在住の

ユダヤ人のご家族を

一日ご案内しました。

 

広島は言うまでもなく

原爆で大きな被害を受けた街ですが、

ユダヤ人のお客さんと

色々話していると

ユダヤ人のホロコースト

犠牲者数があまりにすごすぎて

ショックでした。

 

広島では1945年末までに14万人が

原爆のために亡くなったと言われています。

 

それに対してユダヤ人の犠牲者数は

色々な説はあるものの、600万人。

ちょっとケタが違いますね。

 

そのお客さんと

ユダヤ人の強制収容所にいた人の

話になりました。

 

強制収容所では、腕に番号の焼印を

押されるんだそうです。

夏にみんなが半袖を着るシーズンだと、

腕に番号の焼印を

押されている人を見かけることが

あるそうです。

 

わたしのお客さんが

直接体験した話ではないのですが、

ユダヤ人の話で

こんな話があるよと教えてくれました。

 

戦後、かなりたってからの話。

ある人が、街で腕に番号の焼印を

持っている人を見かけました。

この人は強制収容所にいたんだな、と気づき、

何気なくその番号を見て、

何気なくその番号を覚えていました。

 

次の日、キャッシュコーナーで

並んでいると、前に立っている人が

また強制収容所の番号の焼印を腕に

つけていました。

ふと見ると、その番号は

昨日見た人の番号と1番違いでした。

 

つい、その人に話しかけました。

「昨日、あなたと一番違いの番号の人を

見かけましたよ」

 

なんと!

その、一番違いの番号の人というのは、

強制収容所で生き別れて、

死んだと思っていた

家族の番号だったんだそうです。

実話だそうです。

その後、どうなったかは知らない、と

言っていましたが、鳥肌たっちゃいました。

 

今ではインターネットで

生き別れた家族の番号などは調べることが

できるそうですが、

一昔前はそんなことは無理ですよね。

 

とてもインパクトのある話だったので

書いておきます。

戦争って誰がどこで体験しても

悲惨なものですね。

平和な世の中が一番!