駆け出し通訳案内士のつれづれ日記

「王道」じゃない道を鼻歌うたいながら生きていく〜

平和のために

こんにちは、ゆめです。

 

1ヶ月ぶりの投稿です!

 

ブログを始めて4ヶ月経ちました。

いろんな人のいろんな記事を

たくさん読む生活をしていたら

なんだか頭と心がごちゃごちゃしてきて、

少しデジタルデトックスしてました。

 

でも、1ヶ月経って

すっきりリフレッシュ!

気持ちも新たにブログを書いていこうと

思います。

 

昨日はサウジアラビア、イラン、イラク

クウェートなど中東の国々からのお客様を

ご案内しました。

 

広島を案内するときは

広島が原爆でどれくらいの犠牲者が出た、とか

どうして広島が原爆のターゲットになったのか、

などを説明します。

 

わたしの父は広島市から20キロほど離れた

呉、という町に生まれ育ったのですが、

たまたま原爆の落ちた朝に電車で広島駅に

やってきていて、そこで被爆しました。

白い半袖シャツを着ていたので

背中と肩は軽い火傷で済んだらしいのですが、

黒いズボンを履いていた足と、

顔と腕をひどく火傷したそうです。

戦後、父は、特に健康を害することもなく

普通に生きて4年前に亡くなりました。

父は原爆については何一つ話してはくれず、

わたしが原爆について持っている知識は

全部本やインターネットから得た知識なんですよ、

とお客さんには話します。

 

団体ツアーの場合、いろんな国の人がいて

戦争や原爆投下についてもいろんな意見を

持っています。

あまり日本が「犠牲になった」ことを

強調しない口調で

淡々と広島で何が起こったのかについて

話をするようにしています。

 

昨日は、原爆資料館の中で

わたしと同じ年くらいのクウェート人の

男性のお客さんと原爆のことについて

話しながら展示を見て回っていました。

 

ゆめ「ここで起こったことは72年も前の話。

戦争は今でも世界のあちこちで起こっていることを

覚えていないといけないですね」

 

クウェートの男性「ぼくの国では1990年に

戦争があったよ。イラク軍が侵攻してきたんだ」

 

ゆめ「そうか!あなた自身が27年前に戦争を

経験しているんですよね。

わたし自身は戦争とは無縁の人生です。」

 

クウェートの男性「当時ぼくはまだ二十歳前だった」

 

ゆめ「ご家族は戦争中、無事だったんですか?」

 

クウェートの男性「ぼくのお母さんが死にました」

 

ゆめ「えっっ?お母さんが??

空襲か何かで亡くなったんですか?」

 

クウェートの男性「イラク軍が攻めてきて、

イラク兵が機関銃でバババババーーーっと

やって撃たれて死んだんだ」

 

 

これまでのガイドで

いろんなお客さんから

第二次世界大戦中のヨーロッパやら

ベトナム戦争やら

朝鮮戦争やらの

戦争体験談はいろいろ聞いて

割と免疫はある方だと思っていましたが、

自分と同じ年頃の男性が

目の前で母親が撃たれて死ぬ姿を見た、

と言ったのには絶句でした。

 

日本では戦争は遠い昔の話に

なりつつありますが、

世界のあちこちでは、

実際に自分が戦争を体験した人が

たくさんいることを改めて実感しました。

 

わたしたちも「戦争経験者」に

ならずにすむよう、

平和のために自分ができる

小さなことをしていきたいですね。